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同和地区児童のカミングアウトが行われている証拠

平成13年度 第5回鳥取市政懇話会(第1部会)議事要旨より

1.日時
平成14年1月25日(金)午後3時から午後5時
2.場所
市役所本庁舎6階第3会議室
3.出席者
(第1部会構成員)
部会長:英 義人
須崎 俊雄、本多 享子、森本 幸子、山田 幸夫(欠席)西川 真也


(鳥取市側)
同和対策課 三浦課長、綾木課長補佐、角野企画員
同和教育課 中嶋課長
4.議事経過
「鳥取市同和対策総合計画について」


○部落宣言を行う子どもはいるのか。
→ずっと以前は同和地区の子どもたちだけが宣言しているだけであったが、今は、それぞれがどういう立場で差別をなくしていこうとしているかを見つめていくべきではないかという観点から、自らのおかれた社会的立場の自覚を深める取組みをしている。宣言することが目的ではなく、地域や学校での違いはあるが、ある程度は自分たちの友達の中にも同和地区の人がいるということは小学校高学年になれば認識している。
○そういう取組みなどを親が十分認識しているのか。
→保護者には説明しており、その会に来られない方には、懇談等で説明したり家庭訪問するなどして理解を求めている。


○部落宣言の話があったが、それを知らしめる必要性が本当にあるのか。人権という概念の中で人を人として尊重し合うことができれば、それは関係ないのではないか。あえて、分かることが必要なのか。
→子どもたちがどういう場面でどういう行動をしないといけないかということを確認していく必要がある。自分が差別を受けるかもしれないという立場で差別に向かうか、或いは、自分が知らず知らずのうちに差別してしまうかもしれないという立場で差別に向かうかは、それぞれ自分の立場を理解しているかどうかで大きく違ってくるものと思われる。
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運動会では遅い子は近道、指導で天皇制を否定?

私が小学生の頃は、運動会の徒競走で1等を取る度に、赤いリボンが渡され、それを胸につけたものでした。...といっても、私はリボンをもらったことがありません。クラスでも最下位レベルの足の遅さだったので、当然と言えば当然です。

そして、中学最後の運動会、とても印象的な思い出があります。そんな私が、なぜか学年対抗リレーのアンカーになったのです。別にいじめという訳ではありません。中学校の運動会は1人何種目までと割り当てが決まっていて、クラス対抗リレーの割り当てを決めるときに他の人の参加種目がぜんぶ決まっていたので、その時たまたま空きがあった私が割り当てられたということです。結果は言うまでもなく、かえって心地よいほどの見事な惨敗でした。

そういう屈辱を味わった私にはちょっと信じられない話が飛び込んできました。鳥取県東部のとある小学校の保護者の方は、次のように証言しています。

「私の子供が通う小学校は、男女すべて『○○』さんと呼んでいます。子供に『へんだよ』というと先生が『君と言うのは天皇のことだから、人権学習の基本で男の子もさんで呼びなさいと言われたよ。君で呼ぶと怒られる』と言ったのにはビックリ仰天でした。」

「ついでに、運動会のリレーでは、おそい子は、コースを近回りして走るルールになっています。ルールの名前まで付いていて『バイパス』と呼んでいます。日付は公文書を含むすべて西暦です。元号は天皇制を認めるから使わないと言うことです。あきれた同和教育です。」

「バイパス」については、私が高校生くらいの頃に同様のことが大問題になり、私の母親も、「運動会くらいしか活躍のない子もいるのに、いくらなんでもおかしい」と言っていました。当時はマスコミでもさんざん叩かれたので、私はもう姿を消したものと思っていたので、まだあるとすれば驚くべきことです。

公文書で元号を使わないことと、天皇制の否定と関係があるのかということについては、既に人権局が微妙な回答をしています。ただ、「君」という敬称は天皇だから使わないというのはやや病的に感じられます。

この件について、当の学校の校長から次のような回答が得られています。

Q. 「君」は天皇のことだから、男女とも「さん」で呼ぶといった指導はされているのか?

A. 校区として決まっていることではないが、わが校では男女とも同じようにさんづけで呼ぶように指導しているのは事実。天皇制のような、宗教のからむようなことは学校ではやれないので、「君」は天皇だから、といった指導はしていない。

Q. 運動会で遅い子を近道させる、「バイパス」といったルールは存在するのか?

A. 子供の方からでた考えで、「バイパス」をやっていた時期は確かにあった。今年はやらなかったと思う。

Q. 学校で配布する文書を西暦に統一しているのは、元号を使うのは天皇制を認めることになるからなのか?

A. 公文書を西暦で統一しているのは、わかりやすいということと、世界共通であるというのが理由。天皇制うんぬんというのは、同和教育のからみで職員としてそういった意識はあるかもしれないが、学校としての立場はそういうわけではない。

私は、質問の最中に人権教育や同和教育といった言葉は一切使いませんでしたが、同和教育と関係しているようです。

ちなみに、解放同盟は1960年から今に至るまで、身分意識の強化につながるとして天皇制に反対しています。鳥取の同和教育が解放同盟と密接に関わっていることが、こういったところでも裏付けられます。私は天皇制の是非について、ここで議論することはしません。ただ、天皇のいない国にも門地による差別はありますし、未だに王族や貴族のいるイギリスが代表的な民主主義国家であったりするので、私は解放同盟の考えには賛同しかねます。皆さんはどのように考えるでしょう?
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なんでも人権の学校教育

180度ひっくり返った道徳教育


小学校には道徳教育の時間があった。小学校5年生からは、道徳教育の時間がまるまる同和教育に置き換わるのであるが、同和教育は普通の道徳教育とはまったく異なるものだ。それは、単に授業内容が部落差別に関するものになっただけではない。

私は、小学1年生の頃、恩師から言われたことを今でも覚えている。それは、次の2つである。
「道徳の授業が他の授業と違うのは、正解がないことだ。」
「知らないことは悪いことでない。」
しかし、同和教育では、この2つは全く通用しない指導がされる。まず、明らかに正解が最初から決まっている。何が何でも、「差別は許せない」という結論を出さなくてはいけない。そして、知らないことがあれば、教師からののしられるのだ。これは中学時代の話であるが、同和教育の時間に「無知は悪である」と言った教師の言葉をはっきりと覚えている。

小学5年で同和教育が始まってからは、授業でも、日ごろの指導でも、なにかと人権問題がからめられるので、徐々に教師に反感を抱くようになった。もっとも、5年生になってから、たまたま運悪くそういう教師が担任になったのかも知れないが。

例えばこんなことがあった。社会の時間に、奈良の大仏について勉強していたときだった。
「この奈良の大仏を作ったとき、これだけの人が作業に関わりました。どう思いますか。」
「どうって・・・。」
僕は黙ってしまった、そしたら、先生が突然強い調子で言った。
「大仏の外側は金です、例えば、1トンの金って言ったら大体40センチくらいのかたまりです。でも、それだけの金を取るのに、どれだけ働かされたか分からんですか!」
そう言って教師はヒステリックに怒ったが、なぜそんなに怒られるのか、私にはさっぱり分からなかった。

あれも差別、これも差別


同和教育では、身の回りの偏見や差別を見つけて報告することが推奨された。かくいう私も、今から考えれば、どうでもいいことなのであるが、授業であんまり皆が黙っているので少し盛り上げようと適当な報告をしたことがある(旧同和地区の場所を特定するような内容なので、詳細はご勘弁いただきたい)。

それから、これは同和教育が始まる前のことであるが、田舎から都市に人口が移動していることについて、私が「田舎者と馬鹿にされるのが嫌だからじゃないですか?」と言ったら、妙に真剣な顔をされ、気持ち悪いくらいに褒められたことがあった。同和教育では、身の回りの偏見や差別を報告することが推奨されていたらか、「差別を見逃さない態度」とでも思ったんだろう。

また、私は算数のドリルに次のような落書きをしたことがあった。

落書き前              落書き後

100てん−−素晴しい     100てん−−天才
###########     #############
#### 合格 ###     ### まだ甘い ####
###########     #############
80てん            80てん
###########     #############
### あと少し ##     #### アホ #####
###########     #############
60てん            60てん
###########     #############
## がんばろう ##     ## 助けようがない ##
###########     #############
30てん            30てん
###########     #############
## ざんねん ###     #### 死ね #####
###########     #############
0てん             0てん

私はかなり怒られた。まぁ、誰がどう見ても褒められるようなことではないだろう。そして、教師は次のような行動を取った。
「こんなことは差別につながります。」
「これは差別を残すものだから捨てます。」
そう言うと、落書きしたページを破り捨てた。鬼か悪魔のように教えられてきた「差別者」に自分がされたのである。

私が、同和教育に決定的に反感を抱くようになったのは、これがきっかけだったと思う。

荒れた教室


このころ、私のクラスはかなり荒れ始めていた。休憩時間に、暴れる騒ぐ、刃物で人を傷つける、何か悪口を言われたら差別だ差別だと騒ぐ。そして、教師がやってくると気持ち悪いくらいみんないい子になる。

こういった実態に担任教師が気づいたのは、担任教師がしばらく出張でいなくなり、教育実習生と入れ替わったことがあって、その後に実習生から担任に報告があったからだった。

同和教育をやったからと言って、他人に思いやる子供には育たない。むしろ、いかに教師の前でいい格好をして、いかに要領よくやっていくかということばかりを覚えるようになる。自分も、周囲も、そうであったと思う。

小学校最後の同和教育で、私は映画を見た。大雨が降るとすぐに流されてしまう田んぼを持つ、同和地区の働き者のおじさん、自分の作物のできが悪く、そのおじさんを妬みつつ、土方で稼ぐおっちゃん。そして、誇りを持って仕事をする土木作業員とそれを軽くあしらう金持ちの女が出てくる映画だった。金持ちの女が、はねた泥を拭こうとした建設作業員に向かって「なにするの!あんたたちとは違うんだから!」と言って足蹴にするシーンを今でもはっきり覚えている。
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はじめての同和教育

私が小学校で体験した同和教育は、小学5年生のときの部落民宣言から始められたと記憶している。それ以前にも、教師から部落差別についての話は出ることはあったが、そのために授業の時間をさくことはなかった。

最初の同和教育では、まず教師から水色の紙製のファイルを受け取った。続いて、何枚かのプリントが配られた。そして、ファイルの表紙と背表紙に「同和教育」と書くように言われた。私はこのとき始めて同和教育という言葉を知った。普段とは全く違う授業の雰囲気に、子供心に何か陰謀めいたものを感じたものだった。

プリントには、「人間に光あれ!」というような難しい文章や、「ふるさとをかくすことを...」といった詩や、悩んで自殺したとか、汚い長屋で苦労しているとか、そういった暗い話がたくさん書かれていた。そういった文章を、国語の時間のように順番で読ませられ、その度に感想を求められた。

私は、実のところ、こういう授業は嫌いではなかった。私は少し変わった子供で、戦時中の苦労話や、ワイドショーのような、ドロドロした話が好きだった。誤解を恐れずに不謹慎な言葉を使うならば、他人の不幸は蜜の味といったところか。

しかし、こんな私でも教師から感想を求められることは、だんだんと嫌になってきた。教師が言葉尻をとらえて怒るので、素直に感想を話すことができないのだ。例をあげると、「(部落の人は)かわいそう」という言葉は禁句だった。必ず「(差別をする人は)許せない」といわなければならなかった。

それでも、私は次第に慣れてきた。感想でも作文でも、何でもいいから差別は許せない、差別をなくさなければいけないという方向に話を持っていけば、無条件に教師はほめてくれるからだ。あとは、「差別される人がかわいそう」など、NGワードを除外してゆけばよい。こういったところは要領よくやったので、「将来が楽しみだ。」とまで言われたりもした。

一方、そういったことが要領よくできない子は悪い子だ。作文の苦手な子は、休憩時間の間もずっと机に向かっていて、放課後も居残りさせられていた。

私は教師からほめられてはいたが、人権になるとなぜかヒステリックになる教師に対して、次第に憎悪が芽生えるようになってゆく。 【“はじめての同和教育”の続きを読む】
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同和地区出身児童のカミングアウト

※昔書いたメモを元に構成しています。鳥取では、旧同和地区に限らず、部落という言葉を集落という意味で普通に使うということに注意して読んでください。

小学5年生のある日の朝、5時間目の道徳の時間は、道徳の特別授業をするということを担任教師が言った。とても大事な話だというので、何なのだろうと、私は少し期待していた。

休憩時間、クラスの友達の間でいろいろとうわさが流れた。今日の授業というのは、「部落差別」についてのことらしい。私は部落差別という言葉は4年生のときに習ったことがあるので、少しは知っていた。しかし、噂では、今回の授業は身近にある部落のことらしい。そして、A部落とB部落がその部落だということを、ちらっと友達から聞いた。それを知った私は、早速仲のよかったA部落の友達に何の事か聞いてみた。すると、なにやら深刻な顔をして、「学習会」と関係があることを言っただけで、それ以上詳しくは教えてくれなかった。

B部落について私はよく知らなかったが、A部落の友達がよく、「今日は学習会があるから遊べない」とか、「あー今日学習会かぁ、たいぎい(面倒くさい)なぁ」と言っているのをよく耳にしていた。学習会って言うくらいだから、学習塾みたいなものだと私は思っていた。でも、A部落以外の友達で学習会に入っている人はいなかった。学習会のお陰かは知らないけど、A部落の友達は難しい言葉をよく知っていた。

結局、私には「部落差別」も「学習会」も何のこと、授業が始まるまで分からずじまいだった。

昼休憩のとき、A部落とB部落の友達がいつのまにかいなくなっていた。そして、授業開始の時間が来ると、担任教師が入ってきた。なにやら厳しい顔をしていた。続いて、A部落とB部落の友達が並んで入ってきた。みんな、手に模造紙を持っている。続いて、担任教師が日直に合図して、いつも通りの授業開始の起立、礼をした。

そして、担任教師は穏やかな声で話し始めた。それは次のような内容だった。

「みんなは、去年、部落差別というのを勉強したと思います。実は、この近くにも、そのような、差別されている部落があります。もう知っている人もいるかもしれませんが、(小さな声で)A部落とB部落です。みんなは、このA部落とB部落の友達が、学習会というのを度々行っているのを知っていると思います。この学習会では、この部落差別について勉強してきました。今日は、その勉強してきた成果を発表してもらおうと思います。」

A部落と、B部落の友達が学習会をしていたのは「部落差別」について勉強するためだったということをこの時知った。ただ、それを秘密にしていたことが腑に落ちなかった。

「部落」の友達が前にずらりと並んだ。もちろんさっき休憩時間に話した友達もいる。みんな緊張している様子だった。

「これから、部落差別についての発表をします。」

1人が高い声で言った。先生が拍手したので、私も拍手した。そして、もう一人が模造紙を広げた。
「これは、各部落の間での結婚の数です。細い線は1組から3組、太い線は3組以上です。部落内での結婚が多い部落は、赤線で囲ってあります。」

私はその図を見て驚いた。A部落とB部落は赤々と囲ってあり、A部落とB部落の間には太い線が引いてある。それ以外の部落は細い線や太い線で網の目のように結び付いているが、二つの部落だけ孤立していて、A部落から一本だけ細い線が他の部落に伸びているだけだ。

発表は続けられた。
「このように、A部落とB部落は孤立していて、明らかに結婚差別があることが分かります。また・・・。」

そして、担任教師が補足して説明した。

「これから分かるように、身近にも結婚する上で差別があることが分かります。実際に、部落の人だという理由で結婚を断わられて、とうとう自殺した人もいます。」

私はショックを覚えた。それは部落の友達をかわいそうに思ったからではなく、何よりも私は、自分の部落の大人達が、差別者だったと知って驚いた。

「これは、被差別部落内と被差別部落外での高校進学率の変化です。このように、30年ほど前では、かなりの差がありましたが、今はほとんど同じになっています。しかし、被差別部落内の方が少し低くなっています。」

高校進学率のグラフが出た。これは、だいぶよくなってきていたので、私は少し安心した。
この後も、発表は続いたが、難しくて(というよりは、発表する友達の声が小さくて)私には分からなかった。

「これで、発表を終わります。」
と、部落の友達は礼をした。ここまで、時間にして30分程度だった。

発表が終わると、静かになった。すすりなく女の子もいた。

そして、担任教師はこう言った。

「はい、このように、あなた達の身近にも、部落差別というものはあります。今日勉強したことは、とても大事なことですから、家の人とも話しあってみて下さい。もしかしたら、おじいさんとか、おばあさんとか、よく知っとんさると思います。もし、おじいさんやおばあさんが差別するような事を言ったら。『おじいさん、そんなことはいけんで。』『おばあさん、それは間違っとるで。』と、勇気を出して言って下さい。それから、今日聞いたことは、下級生とかには、言わないで下さい。」

担任教師は続けた。

「それでは、今日のことについて、それぞれ感想を言ってみてください。」

みんな黙った。私も黙った。いきなり感想と言われても、なかなか思いつかない。だいいち、言い出す勇気がない。

しかし、しばらくすると一人の女子が立ち上がった。

「なぜ、こんな差別があるのか不思議でした。ひどいと思います。」

こんな時、女の子は積極的だ。それから、次々と手を上げてみんなが感想を言
い始めた。

「かわいそうだとおもいました。」

ある男子の発言だった。しかし、担任教師はこう言った、

「かわいそう、それはちょっと違いますね。悪いのは差別する人なんですから。」

さっきの男子は黙って座った。

「差別をする人が許せないと思いました。」

ある女子の発言である。

「そうですね、許せませんね。」

教師が言った。後々、みんなの発言は、この「差別者は許せない」というのが殆どだった。そして、私の番が来た。

「今までも、A部落に行っても、別に何も思わなかったのに、差別する人は変だと思いました。」

とりあえず、それがその時の私の感想だった。

そして結末。

「これで、もう差別はなくなってくれると信じてます。」

そう言って担任教師は泣いた。女子の殆ど全員と、A部落やB部落の友達が泣いていた。私は涙もろい性格だと思っていたが、この時は全く涙が出なかった。内心「ドラマみたいだすごい!」と思っていた。
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